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 くろね子さん

 探し求めていた宿敵をついに発見したサクヤ達は躍起になっていた。
 ヒデオはそれを遮ると、
「まずは作戦を立てましょう」と言った。
 すかさずサクヤがそれに反応する。
「きみ、まだ作戦立ててなかったの? いつもミッション前に考えてるのに?」
「はい、今回はあまりデータがありませんでしたし、実際にこの目で見てからそれを参考に考えるつもりでした」
「悠長なこと言ってる間に敵に逃げられたら終わりなのに?」
 詰問するかのようにサクヤはヒデオに言った。
「まあまあ、サクヤさん。ミッション中なんですから、喧嘩は駄目ですよ」アリサがサクヤをなだめにかかる。「ヒデオにはヒデオの考えがあるんでしょうし」
「そうね、きみにあたってもしょうがないわよね。ごめんね」サクヤは苦く笑った。
 そして、ヒデオもまたアリサが言った通り考えることを強いられる。
 どうすれば仲間を死なせないで済むのか。
 どうすれば敵を打ち倒すことができるのか。
 最大の問題は、そんな都合のいい一手が存在するかどうかだった。
 しばし黙考した後、ヒデオは足元の砂地にフィールドの見取り図を描いた。
「初期配置はこんな感じで」
「ちょっと待って、私だけ壁の向こうでどうやって敵を狙えばいいのよ?」サクヤが異論を唱えた。
「ああ、これですか。壁っぽく見えますが実はこれはビル群で、そのビルとビルの隙間から敵を狙撃できます。敵アラガミの位置は僕のビーコンで随時データ転送しますから、狙う分には問題ありませんし、敵からの反撃もビルが遮蔽物となりそう簡単には届きません。サクヤさんはシールドを持っていないのでこの位置から狙撃ってください」
「じゃあ、この広いエリアに相手を追い込んで戦うのね」
 はい、とヒデオは頷いた。
 敵を誘い込むための陽動を買って出たのはヒデオだった。
「ソーマはバスターだからともかく、どうして私より足の遅いヒデオが囮なんです? あなたは隊長なんですから前線にでることによって生じるメリットよりもリスクの方が大きいじゃないですか? それも実力が未知の相手なんですよ」
 アリサが強く主張するがヒデオは首を振る。
「実力が未知の相手だからだよ。味方の生存率を上げるためにも本格的な戦闘に入る前に、絶対に情報は入手したい。アリサちゃんじゃ逃げながらデータ取るとかできないだろ?」
「でも……」
「大丈夫、誰も死なせない……よ」ヒデオは紅蓮に燃える双眸でそう答えた。

 数分後、ヒデオは一人ぬこに追われていた。
「いやいやいやいや、速いとは知ってたけどここまで速いとか聞いてねえよ」
 自分のすぐ後ろでぐしゃぐしゃと何かが潰れる音やバチバチと電撃が弾ける音がする。
 ヒデオは横にステップしてから地面を転がり背後の被害を確認し、流れるような動作で立ち上がり再び逃走を始める。
 どうやらアリサちゃんを行かせなかったのは正解だったようだ。
 広場にくろね子さんを誘き寄せることには成功したもののヒデオの服は泥だらけで、ところどころ擦り切れている。
 ヒデオは一瞬周囲を見回してから、立ち止まるとくろね子さんに相対した。
 ビリビリと電撃ではない何かがヒデオの身体に流れ込む。
 ヒデオは一歩だけ後ずさる。
 くろね子さんが目の前で停止した目標に飛びかかろうと身を縮めたそのとき、身を潜めていたアリサのアサルトを受け、続いてソーマの一撃をくらう。
 ヒデオは上体を沈めてから全身のばねを使いカウンターぎみの切り上げをくろね子さんの顔面に加えた。
 ガリガリと鉱物の削れる音がして傷がついただけだった。
(固いな。それなら一点突破でいくか)
 くろね子さんは眼前の空間を前足で払おうとするが、ソーマがヒデオの隣に並び、左足をはね返す。
 更にサクヤの一撃がくろね子さんの頭にヒットした。
 ありえない方向からの一撃にくろね子さんの動きが止まり、ヒデオは渾身の力を込めてくろね子さんの額へと突きを繰りだした。
 しかし、ヒデオの突きは浅く刺さるのみ、致命傷へは至らない。
 ヒデオは敵の反撃を予測し、神機を引き抜こうとするが刺さった神機は抜けない。
 くろね子さんは額に刺さった邪魔なものをどけようと首を回すが、それでも抜けないのに業を煮やしたのか、前足でヒデオを払った。
 くろね子さんにとってはそれは取るに足らない行為であったが、それはあくまでくろね子さんにとってはである。
 ヒデオにとっては、人間にとってはそれは甚大なダメージを及ぼすに十分たる行為。
 ヒデオは十メートル以上ノーバウンドで吹っ飛び、地面を転がった。
「ヒデオっ!」
 アリサはヒデオの元へと駆け寄る。
 ソーマはヒデオとくろね子さんの間に立ちふさがり、
「おい、アリサ。そいつを連れてさっさとサクヤさんのとこに行け。衛生兵のあの人ならなんとかなるかもしれねぇ。その間このくそったれの相手はオレがする」そう言った。
「そ、そうね。ヒデオ一人で立てる?」
 そう言ってアリサが差し伸べた手を、ヒデオはぱしん、と払った。
「そんな策は認めない」
「え?」
「そんなことをしたらソーマは一人であいつと戦わなきゃいけなくなる。最初に言ったはず。……誰も死なせない、と」
 ヒデオは口から血の泡を飛ばしながら言う。
「サクヤさん、作戦変更です。こっちに合流してください」ヒデオはビーコンでサクヤに指示を出した。
「私はソーマの援護に行きますけど、ヒデオはサクヤさんが着くまでじっとしていてくださいね」
 だが、くろね子さんとの戦いは非情だった。
 サクヤの到着を待つ間にソーマがやられ、次いでアリサがやられた。
 彼我の体格差、筋力差がハンパではないのだ。
 一撃でも攻撃をくらえば深手を負う戦い。
 それが今、繰り広げられている。
 自分の前に立ってくれたソーマ、自分のことを心配しれくれたアリサ。
 二人を諦めることなどできない。
 そして、そんなことはさせない。
 今こそ、賭けに出るべきときだろう。
 ヒデオは神機を支えに立ちあがる。
 ヒデオは神機を使い立ち向かう。
 まずはくろね子さんを二人から引き離すために、近接戦闘をし銃で反撃しながら後退するつもりだった。
 けれど、くろね子さんの反応は違った。
 自分を中心に同心円状の電撃を放ったのだった。
 攻撃範囲内に二人はいた。
 しかし、ヒデオの片手には神機がぶら下げられている。
 二者択一。
 ヒデオは迷わなかった。
 ヒデオは何の迷いもなく神機を捨てた。
 二人を掴みくろね子さんの射程外へと投げ飛ばす。
 全身を焼く電流の中で、ヒデオは迷わなかったことを誇りに思った。


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